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松本徹三(Tetsuzo MaTsumoto)-階層分離による公正競争の実現

階層分離による公正競争の実現

通信事業は、時代の先端を行くハイテク産業であるという側面と、不動産業や建設業に近い側面を併せ持っています。光ファイバーを敷こうとすれば、管路や電柱を確保せねばならず、携帯電話のカバレッジを増やそうと思えば、アンテナを取り付ける鉄塔を建てる場所を先ず確保しなければなりません。こういう仕事になると、以前にも申し上げましたように、明治以来「官営事業」として通信ネットワークを施設してきたNTTが圧倒的に有利だし、新規事業者や適正規模に達する以前の事業者には、いくらやりたくても「経済合理性からいって全く無理」ということが、数多く出てきます。

これも先のブログにも書いたことですが、出来るだけ多くの人達が競争に参入することは勿論望ましいことですが、最終的にユーザーの負担を押し上げる結果になるような「無駄な競争」はするべきではありません。例えば、道路を何度も掘り返して、重複して光ファイバーを敷設したり、風光明媚な山の中に無粋な携帯通信用のアンテナを何本も重複して立てたりするようなことは、この「無駄な競争」に該当するでしょう。通信事業者間の競争は、先端技術や画期的なサービスの導入における競争であるべきで、不動産取得や建設工事の競争ではあるべきではありません。

総務省は、情報通信産業のあるべき姿として、階層(レイヤー)ごとの水平分離を提言しています。即ち、情報通信サービスを提供するために必要な設備や技術を、ユーザー端末、ネットワーク、サービス・プラットフォーム、コンテンツの各階層に分けて、それぞれの境界線を分けるインターフェースをオープンにし、各階層ごとのプレーヤーがお互いに自由に結合できるようにしようというものです。そうすれば、「一つの階層で寡占的な力を持つプレーヤーが、他の階層にもその影響力を行使し、その階層だけの競争なら十分戦っていける他のプレーヤーを排除する」といったようなことを防ぐことが出来ます。結果として、より多くのプレーヤーの参画でユーザーの選択肢は増え、能力あるプレーヤーが厳しい競争下でお互いに切磋琢磨することによって、サービスの質も飛躍的に向上させることが出来ます。

私は、後述する「SIMロック解除」の問題を除いては、この総務省の提言に全面的に賛同する立場でありますが、ネットワークの階層を更に二分し、「不動産取得や建設工事に多くを依存する0種的な階層」と、「プラットフォームレイヤーと深く結びつくネットワーク技術の階層」を分けるべきと考えています。「一つの階層で寡占的な力を持つプレーヤーに、他の階層における競争を不公平なものにさせてはならない(ボトルネック独占の排除)」というのが、上述の総務省の提言の基本理念であるなら、最も寡占的な体制に陥りやすい「0種的な分野」を分離しない限り、新しい体制も結局は内部矛盾を抱えたものになってしまうと考えるからです。

今回は、有線(光ファイバー)分野と、無線(携帯通信)の二つの分野で、それぞれ分かりやすい例を上げて、このことを更に説明させて頂きたいと思います。

ご承知のように、ADSLのビジネスにおいては、ソフトバンクが導入した破壊的とも言える低価格政策によって、日本のインターネットサービスは一気に世界の最先端を行くものになりました。残念ながら、地上波TVのコンテンツのIP再送信や著作権処理に関連する諸制度の整備の遅れにより、日本における「ブロードバンドサービス」の普及は未だ十分ではありませんが、総じて良い方向に進みつつあるように思えていたのです。これは基本的にNTTの寡占下にある各家庭へのアクセス回線(銅線)が、公正な条件で各ADSL事業者に貸し出されていたからです。

ところが、ここで残念なことが起こりました。日本のお家芸とも言える光ファイバーがいよいよ銅線に置き換わっていこうとしているこの時点で、NTTは貸し出しルールを抜本的に変え、NTTの光アクセス回線を借りてNTT以外の事業者がブロードバンドサービスを行うことを、経済的にほぼ不可能な状態にしてしまったのです。具体的にいうと、全ての事業者は加入者回線8本をまとめ借りしない限り、NTTから光回線を借りることが出来なくなってしまったのです。NTTの場合は、同じ会社の中に光回線を卸売りする部門と、最終ユーザーに小売りする分野を並存させているので、前者が稼ぎ出す大きな利益で後者の損失を埋めること(クロスサブシディー)も出来ますが、他の事業者にはそんなことは出来ません。8本まとめて借りて、なお利益が出せるようになるまでには長い歳月を要し、その間は膨大な赤字に耐えていかねばならないことになりますが、それはほぼ不可能なことが目に見えており、結果として、ブロードバンドサービスにおける公正競争は今や死に絶えようとしています。今、何らかの抜本的な手が打たれない限りは、これまでの全ての努力は元の木阿弥となり、業界は再びNTTの独占へと回帰してしまうことになるでしょう。

「光ファイバーの施設は何もNTTの独占ではない。東京電力のネットワークを買い取り、幾つかの有力なケーブルTV施設も傘下に収めつつあるKDDIは、強力な対抗勢力の核になりうるし、これに他の電力会社系のサービスや他のADSL事業者が合流して大同団結すれば、二大ネットワークが対峙する健全な競争環境が実現できるではないか」という人もいるかもしれませんが、これはビジネスの現実を理解しない人達の「机上の空論」であるような気がします。現実のビジネスにおいては、コスト競争力が冷静に計算されますし、誰もが勝ち馬に乗ろうとするので、流れは一気に決まってしまいます。

ここからは、ソフトバンクモバイルの現役の副社長としての私ではなく、「日本の情報通信産業の将来を憂う一市民」としての私の「個人的な意見」として受け止めて頂きたいのですが、私は「NTTの再編は必ず行われるべきであり、それは『0種的な分野の分離』を核にして行われるべきである」という強い意見の持主です。NTTの東と西の分離は、既にその使命(異なった経営体制による経営結果の差異の検証など)を終えたともいえるので、この両者の合体は直ぐにでもあって然るべきですし、私はこれにNTTコミュニケーションやNTTドコモが合流することさえも、「将来はあってもよいかな」と考えている程ですが、「0種的な分野(物理的なアクセスライン施設の建設、保有、メンテナンス)の分離」は、「ボトルネック独占による他の階層での競争阻害」を防ぐ為に、どうしてもやらなければならないことであると考えています。

私の見るところ、これを実現する為には、総務省に強力な牽引車となってもらう以外にないと思います。或いは、その役割を果たすのは、公正取引委員会なのかもしれないのですが、NTT問題は、出来れば独禁法の観点からではなく、前向きの産業立国論の立場から論じられるべきと思うので、ここはやはり総務省に頑張って貰う必要があります。

かつてNTTの分割議論がホットであった時には、「攻める郵政省」と「守るNTT」が激突して火花を散らしました。本来「攻める側」の先頭に立たねばならなかったNCC(新通信事業者)の力が未だに弱かったからですが、残念ながらこの状況は今もあまり変わりません。つまるところ、現在の総務省にかつてのような「闘う気概」があるかどうかに、全てがかかっているような気がしてならないのです。

今後の通信の基本は、「有線でつなげるところは全て光ファイバーでつなぎ、どうしてもつなげないところは無線でつなぐ」ということであるべきですが、国土が狭く、人口の大部分が大都市と海岸線に集中している日本では、前者の比重が相当高くなるように思われます。現実にも、日本の光ファイバーの敷設密度は世界のどの国に比べても圧倒的に高く、且つ、これをベースとして、NTTが発表しているNGNのような高度なネットワークの構築も進展しつつあります。つまり、日本は、その地理的特質を十分に生かし、「光立国政策」と名付けてもよいような、「最先端の情報通信網を核とした国家政策」が描ける立場にあるのです。

然るに、実際に起こっていることはどうでしょうか? 光通信に関連するNTTの自己防衛的な営業政策の為に、先ず、光ファイバー網の地方への浸透が疑問視されはじめており、次に、公正競争体制が壊滅して昔ながらの寡占体制が復活するのではないかという危惧が出てきております。後者については、既に説明しましたので重複を避けますが、前者については少し説明する必要があるでしょう。

NTTは、最近になって、「当初発表したような急速な光通信網の拡大は経営を圧迫することになるので不可能」ということを言い出しています。NTTといえども民間の一営利事業者にすぎないわけですから、このこと自体は十分に理解できます。しかし、一方では、「少しぐらい遅らせても、どうせ競争会社は出てこないのだから・・・」という安心感がその背景にあるとすれば、少し問題です。また、「もし多くの事業者が同じ施設に相乗りするのであれば、その分だけ経済性が良くなり、もう少し早く地方展開が出来る」というのが真実であるのなら、NTTがこの可能性を真剣に検討しないのは、何とも残念と言わざるを得ません。

解決策は何か? それはやはり、「0種的分野を分離し、この分野では、純粋な自由経済の原則に全てを委ねるより、国策的、計画経済的な考え方を一部導入する」という、「抜本的な通信政策の転換」ではないかと思います。即ち、NTT本体から分離された0種会社は、民間企業として存続するものの、国民のための基本インフラを提供する一種の「国策会社」として、徹底的なコストの透明性を実現し、各通信事業者に公平にサービスを提供するべきです。経営は衆人環視の下で行われる一方、国から、優遇税制の適用を含め、様々な財務支援を受けるべきです。

次に無線分野ですが、この分野での合理化のポイントは、「地方における鉄塔の共有化、或いは相互ローミング」と、「ビル内や地下街における基地局設置スペースの共有化」であると思います。この両者とも、「その場所と各事業者の上位施設を結ぶ光ファイバーの共用」を含みます。

このことによって実現できるメリットは、

1)地方における寡占化の防止

2)トータルコストの低減

3)美観の維持

の三点に集約されますが、1)と2)は、「デジタルデバイドの解消」にもつながる「地方格差の是正」に貢献します。

今や携帯電話は日本全国をくまなくカバーするレベルへと近付きつつありますが、それでも、「流石のドコモでさえもサービス出来ていない村落や山中の一軒家」が、なお多数残されています。「TVのない村には嫁が来ない」ということは長い間言われてきましたが、今は、「携帯電話がつながらない村には嫁が来ない」時代です。光ファイバーの全国展開にはまだ少し時間がかかってもやむを得ませんが、携帯電話の方はもう「待ったなし」です。

最近、或る県の知事さんがわざわざ我社にお越し下さり、「ソフトバンクの携帯サービスのカバレッジを県内でもっと拡大してほしい」という要請をお受けしました。これに対して、私からは下記のように逆にお願いを致しました。

「我社としても、帰省者や旅行者から寄せられる不満を解消する為にも、もっと地方でのカバレッジを増やしたいのは山々です。しかし規模のメリットをもたない我々には、やりたくてもそれが出来ません。むしろ各県の知事さん達から、『トータル建設コストが下がって、過疎地にもカバレッジが自然と広がっていくような方策』を、総務省に対して提言して頂けませんか?」

この方策は、具体的には、一定地域における「ローミングの義務化」と「鉄塔の共有化」です。

こういう方策がとられないと、現時点でなお50%を超える市場シェアを持っているドコモのみが「基地局建設を可能にする経済合理性」を持ち、この規模に達しない事業者は断念せざるを得ない地域が多くなる為、結果として、これらの地域ではドコモが完全に独占状態になります。そうなると、この地域よりもっと奥に入った地域では、この差が更に大きくなり、この流れがどんどんドミノ的に拡大していきます。

逆に、ドコモがチャンピオンとなって他の事業者の端末のローミングを受け入れた場合は、より多くのユーザーが救済される一方で、ドコモには他の事業者からの通信収入が入り、経済合理性がより高まり、より多くの地域に基地局を建設することが出来るようになります。

もしローミングを受け入れることを前提としても、なお経済合理性が存在しない場合には、「ドコモのみに施設費用の負担を求めるのではなく、各事業者が応分の金銭的負担をする」、或いは、「各事業者が責任地域を分け合って基地局建設を分担し、相互にローミングを行う」等の方策も考えればよいと思います。勿論、総務省が徴収している電波料の一部が、そのための補助金として使われることは、当然あってしかるべきと思います。

韓国では、景勝地の美観維持の為の鉄塔共有の義務化は既に行われていますし、その他の面でも、先行したSKテレコムと新規参入者の格差を少しでも平準化する為に、幾つかの非対称規制が意図的に導入されています。(結果として、このような国の施策の為に、国内でのビジネスの拡大がもはや期待できないと判断したSKテレコムは、積極的に海外進出を図っています。)

「日本での公正競争促進策が韓国より遅れていてもよい」というわけはないと思いますので、総務省の積極的な取り組みが大いに期待されているわけです。

最後に、前述したように、「SIMロックの解除」の問題について、一言付け加えさせて下さい。

GSMの為に開発されたSIMカード方式は、もともと、端末の販売と通信回線の販売を分離させるためのものでした。「ユーザーが好きな端末と各国の通信サービスを自由に組み合わせることが出来る」ということは、日常頻繁に国境を越える必要があるヨーロッパでは、確かに誰にとっても好都合に思えたのです。

尤も、これを「物理的なカードの差し替え」で行うというのは、如何にも古めかしい発想で、本来なら通信回線を使ったソフトウェアの入れ替えだけでやるべきなのですが、GSMが開発された当時の技術水準では、やむをえなかったのかも知れません。

ところが、「通信ネットワーク」と「端末」の二つのファクターに加えて、最近は「各種のデータサービス」という第三のファクターが出てきたため、話がややこしくなりました。日本では伝統的に通信事業者の力が強く、通信事業者が三つのファクターを統合する中核として機能してきましたが、欧米では、データサービスのパッケージ化を巡って、ノキアやアップルのような端末メーカーと通信事業者とのヘゲモニー争いが激化しつつあります(現状では前者の方が優勢のようです。)

「SIMカードにロックをかける」ということは、「通信事業者が自社のネットワークサービスと端末を一体不可分のものにする」ということを意味し、ノキアなどの支配力に対抗して、自らの力で「新しい多様なサービスを実現する、新しい多様な端末」の販売を促進したい欧米の通信事業者は、最近になってこれを積極的に導入しようとしているのが現状なので、日本で総務省が逆の動きを考えているのは、やや奇異に感じられます。確かに、「SIMロック」は、一面で「ユーザーの自由な選択」を阻害することのようにも見えるので、総務省が否定的なのもそれ故でしょうが、この問題はもう少し慎重に考える必要があると思います。

ソフトバンクは、業界に先駆けて、これまでの日本の伝統的な「端末販売奨励金制度」にメスを入れ、ビジネスモデルを一新しました。これまでのやり方は、「通信コストと端末コストの区分を曖昧にする一方、長期間端末を保有するユーザーに不公平な負担を強いる」という問題点があったので、これを是正すべきと考えたからです。

しかし、平均4万円とも5万円とも言われる日本の典型的な高機能端末のコストを、きっちりユーザーから頂こうとすれば、ユーザーの負担が高くなりすぎます。従ってソフトバンクは、ホワイトプランなどで、24ヶ月の割賦販売方式を導入、更に、毎月のユーザーの負担も重くならないように、通信料金を大幅にカットした特別割引も同時に導入したのです。

この新しいビジネスモデルは、お陰様でユーザーの支持をかち得ることが出来、今やすっかり定着したのですが、ここにもアキレス腱があります。

「浜の砂子は尽きぬとも」という石川五右衛門の言葉を借りるまでもなく、世の中に悪いことを考える人達の種は尽きず、我々はしばしば高額の割賦残債を踏み倒され、この人達が詐欺的な方法で入手した端末は、今でも香港などの街角で数多く売られています。

現状では「より堅固なSIMロック」が、このような犯罪に対抗する有力な手段の一つと考えられており、欧米各国でもこの開発に力が入れられているのですが、「SIMロック」自体を禁止されてしまっては、打つ手がなくなってしまいます。

「SIMロックの解除」には、もう一つ他の問題もあります。

現実問題として、種々のデータサービスは、一方では、端末のスペックにある程度依存せざるを得ませんし、他方では、「通信履歴」「時間と場所に関連する通信制御」「課金」「位置認識」等々、通信事業者固有のサービスとも連携せねばならない側面もあります。これらのファクターを完全に切り離してしまうと、良質のサービスは提供できなくなりますし、運営の色々な局面で不具合を生じることも出てくるでしょう。

「SIMカードを変えたら、一部のサービスがスムーズに受けられなくなった」というようなユーザーのクレームが頻発したら、一体誰が責任を取るのかという点も不明確です。また、そもそも「ノキアやアップルのような端末メーカーは自由に端末と種々のデータサービスのバンドルが出来るのに、通信事業者はネットワークとデータサービスのバンドルが出来ない」ということになれば、これは方手落ちということになってしまいます。

このように、「SIMロックの解除」は多くの問題を含んでいますので、今後とも総務省が各通信事業者やサービス業者と十分な協議を行いながら、慎重に検討をしていかれることを望む次第です。

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このブログ記事について

このページは、TetsuzoMatsumotoが2008年7月30日 10:54に書いたブログ記事です。

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松本徹三のプロフィール

松本徹三
1962年 伊藤忠商事株式会社入社
1984年 伊藤忠アメリカ会社上級副社長兼エレクトロニクス部長就任
伊藤忠商事(株)東京本社通信事業部長、同マルチメディア事業部長歴任
1996年 同社退職、ジャパン・リンク設立
1998年 クアルコムジャパン(株)代表取締役社長就任
2005年 同社取締役会長、クアルコム米国本社上級副社長就任
2006年 ボーダフォン(株)(現ソフトバンクモバイル)執行役副社長 技術統括兼CSO就任