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松本徹三(Tetsuzo MaTsumoto)-ヘゲモニー争いの読み解き方

ヘゲモニー争いの読み解き方

iPhoneがソフトバンクから発売されることになり、多くの方々の関心を呼んでいます。ソフトバンクとしては、全力をあげてiPhoneを販売し、その上に乗るソフトを拡大強化して、iPhoneを一層価値のある商品にするべく努力していくのは勿論です。しかし、私は、このブログでも他の場所でも、iPhoneについてのコメントはいたしません。ソフトバンクとしての一大戦略商品ですから、全てのコメントは、孫社長自らか、或いは広報部から出るべきだからです。

但し、これに関連して、「インターネットの世界」と「通信の世界」の関係、「端末機メーカー」と「通信キャリアー」の関係や、「オープン」と「クローズ」の比較、「SIMロック」の功罪などについての議論も、一段と活発になっているようですから、そのことについては、一般論として一言コメントしてみたいという気持になりました。というのも、こういう問題は、常にサプライ側の観点から議論されており、ユーザーの観点から見ると実は非常に簡単な図式で全てが動いているにもかかわらず、それに言及されることがあまりないように思えるからです。

ユーザーはその商品やサービスが自分の為に具現してくれる「価値」と、そのために使わなければならない「お金」のバランスを考えながら、自分が買うものを決めます。(勿論、「みんなが買っているから」とか、「店頭で熱心に薦められたから」とかの理由で、勘違いして買ってしまうケースもあるのですが、そのことについてはここではあまり深入りしないことにします。)そして、携帯端末の場合は、その「価値」は「端末機」そのもの、その上で使える「サービス・コンテンツ」、端末機とサービス・コンテンツを一体として機能させる「通信ネットワーク」の三つのコンビネーションによってもたらされます。

商品やサービスの供給者は、この全てを自分一人で供給したいのは山々でしょうが、多くの場合はそうもいかないので、他の会社から必要なものを買ったり、他の会社と提携したりして、トータルの価値を具現させようとします。従って、ユーザーがその「価値」に対して支払う「お金」も、その価値を具現することに関与した人達の間で「山分け」されるのは当然のことです。その「山分け」のやり方を巡って、関係する会社の中でいろいろ交渉が行われ、いろいろな形の契約がなされるわけですが、自分の会社に長期的にも短期的にも何の価値ももたらさないような契約は誰もするわけはありませんから、その商品やサービスが売れる限りは、関係者全員は何らかの「儲け」を得る訳です。但し、その「儲け」の大小は力関係によって決まりますから、この交渉は当然大変厳しいものになります。

「力関係」に関連しては、ジャーナリズムの世界では「誰がヘゲモニーを握るか」が、常に最大の関心事であるかのようです。ジャーナリストだけではなく、政治家や企業家も皆そうかもしれません。古来、「誰が戦争に勝ったか」「誰が政治経済を支配することになったか」が、常に歴史の記述の中心になってきましたし、人々の興味もそこに集中されてきました。しかし、よく考えてみると、庶民の生活というものは、実はそんなことにはあまり関係なしに、いつの時代も連綿と続けられてきたわけです。

例えば、ユーザーがある商品の価値を認めてそれを買った時、誰が勝者だったのかと言われても、にわかに答えは出ません。その商品にはブランドがあり、誰かが最終商品の設計をし、誰かが鍵となる部品を供給し、誰かが必須特許をライセンスし、誰かが最終組み立てをし、誰かが性能を保証しているわけですが、この中で、誰が誰を支配し、ヘゲモニーを握っているかといえば、必ずしもはっきりはしません。組み立てメーカーは、揉み手をしながら売込みをしてくる部品メーカーの中から1社を選んで、商売をくれてやったと考えているかもしれませんが、実はその部品がなければ、ユーザーに認めてもらえるような商品価値が出せないというケースも多々あります。「ブランドなどはどうでもよい」というケースもありますが、逆に「ブランドこそがその商品の生命線である」というケースも数多くあります。

市場によって、「誰がヘゲモニーを握るか」も変わってきます。携帯電話の場合は、日本では通信キャリアーが全ての中心にありますが、欧州では端末機メーカーであるノキアが圧倒的な力を持っています。欧州を中心としたGSMの世界では、もともと携帯電話機は、メーカーがそれぞれの関係する流通機構を通して売っており、通信キャリアーはネットワークを選択する機能を持ったSIMカードというものだけを売っていました。通信キャリアーは、「端末機の企画をしたり、宣伝をしたり、在庫管理をしたりする面倒」から逃れて、比較的気楽な商売をしていたのですが、これが祟って、気がついた時には、ここで苦労を積み重ねてきたノキアなどの端末メーカーに、すっかりヘゲモニーを握られてしまっていたということです。この力を背景に、ノキアは、サービスやコンテンツの分野でも自社の支配力を確立しようとしています。

ノキアが長年かけて築きあげてきた支配力を、たった一つの商品で一気に確立しそうな勢いを見せているのがアップルです。これまで携帯電話の世界では全く何の経験も実績もなかったアップルが、世界中の通信キャリアーに自社の主張するビジネスモデルを飲ませることが出来たのは、彼等が心血を注いで開発したiPhoneが、多くの人達の心を捉え、「当面は誰もこれらの人達に心変わりをさせるような商品を売り出せそうにない」という状況をつくったからに他なりません。即ち、ヘゲモニーは本来はユーザーが握っているのであり、「他社に真似の出来ないような商品やサービスでユーザーの心を捉えた会社」に、自然にこのヘゲモニーは移転するということです。

「検索」というサービスで圧倒的な力を築き、それ故に膨大な広告収入を手中にしたグーグルが、「成長を続ける携帯電話の世界でもヘゲモニーを握る」ことに興味を持ったのは十分理解できます。それ故にこそ、彼等は価値を生み出す残り二つのファクター、「端末機」と「ネットワーク」をどうしようかと考えたようです。結果として、彼等は自ら多額の資金を拠出してアンドロイドというプラットフォームを開発し、多くの端末機メーカーが自由にこれを使えるようにする一方、新たに使えるようになった周波数を入札で落として、自ら通信オペレーターになろうとする構えを見せました。しかし、前者は着々と進んでいるようですが、後者については、ベライゾン等の既存の通信事業者が「ネットワークをオープンにして、その上でサービスやコンテンツを自由に流通させる」ことを約束したことだけで満足して、彼等に大差をつけられるような安い価格でしか応札しませんでした。

グーグルがアップルのような端末機メーカーになろうとしたり、膨大な資金を固定しなければならない通信事業にのめりこんでいったりすることを懸念していた投資家達は、これでさぞかしホッとしたことでしょうが、考えてみれば、これはグーグルとしては当然のことだったと思われます。グーグルはユーザー価値の三要素である「端末機」「サービス・コンテンツ」「ネットワーク」の全てを自らの支配下におくことは考えず、自らが得意とし、且つ一番効率が良いと思われる「サービス・コンテンツ」に集中し、「但し、他の二つの要素がその阻害要因にならないようにする」だけの手を打ったのでしょう。「自らネットワークを運営して儲ける必要はなく、ネットワークは中立であってくれさえすればよい。」「自ら端末機を作って儲ける必要はなく、多くの端末機メーカーが自分達のサービスをサポートする安価な端末機をつくってくれればよい。」それがグーグルの考えであったに違いありません。

私は現在、世界中の携帯通信事業者が結集しているGSMアソシエーションという団体のボードメンバーになっていますが、そこでは、今や多くの通信事業者が、「携帯電話機が携帯インターネット端末に変身しようとしている現状」を理解しつつあり、それと同時に、自分達の将来に対して相当の危機感を共有し始めています。それは、将来のデータ通信から得られる利益の大きな部分が、ノキアやアップルのような端末機メーカーや、グーグルのようなインターネットサービス会社にとられてしまうのではないかという危機感です。つまり、携帯サービスがユーザーにもたらす「価値」が将来大きくなればなる程、ヘゲモニーは有力な端末機メーカーやインターネットサービス会社に握られて、通信事業者は自らを競争相手と差別化する術を失い、結果として、その取り分が段々と小さくなっていってしまうのではないかと危惧しているわけです。

これに対して、日本では、通信事業者がメーカーから端末機を買い取り、自ら流通を取り仕切る立場にあるため、「端末」と「ネットワーク」の二つの分野でのヘゲモニーを握っている上に、ソフトバンクの場合は、元々がインターネットと共に育ってきた会社であって、自らの支配下にあるヤフーが日本ではグーグルをも凌ぐ力を持っているのです。欧米の通信事業者から見れば、これは羨望に値することであり、ソフトバンクのような会社がこれからどのような未来を築いていこうとしているかに、大きな興味を持っているのも当然と言えます。

ところが、皮肉なことに、日本では、携帯端末メーカーが海外市場では全く不振である現状に危機感をもった総務省が、この原因が「通信事業者の過大な支配力にある」と勘違いした節があり、携帯端末の企画と流通を巡る現在のビジネス慣行に介入することを考えはじめたかのようです。しかし、私の見るところでは、この介入の中には、妥当なものもありましょうが、どうでもよいもの、却って害があるものも含まれているように思います。元来「規制」というものは、「独占の弊害を防いで、自由で且つ公正な競争を実現する為にどうしても必要な場合にのみ限るべき」ですから、実際の運用には慎重を期してほしいと思っています。

総務省が考えていることで私が双手を上げて賛同しているのは、ネットワークレイヤ、プラットフォームレイヤ、サービスレイヤなどを切り分け、その境界線は完全にオープンにするという考え方です。この目標とするところは、「一つのレイヤで独占的な力を持っている企業が、これによって他のレイヤも支配し、その分野で様々な新しいサービスを導入できるだろう人達の自由闊達な参入を妨げるようなことがない様にする」ということだと思います。これに異を唱えるつもりは全くありません。

但し、この目標とするところ自体は妥当でも、実際にどうすればよいかということになると色々と難題があります。そもそも、「種々のサービス」を「端末機自体が元々持っている種々の機能」と完全に切り分けてしまうことは不可能で、「サービス」と「端末」はある程度シンクロせざるを得ません(サーバ・クライアントのシステムとしての一体化)。次に、日本に限らず今や全世界で、「端末機の価格と支払条件」は「ネットワークの長期使用」と紐付けされるケースが多く、従って、「端末機」と「ネットワーク」も完全には切り離すことは困難なのです。即ち、ユーザーが享受する価値を具現する為に必要な「端末機」「サービス・コンテンツ」「ネットワーク」の3要素は、建前上は分離出来ても、現実には密接に絡み合っていて、完全な分離独立は不可能だということです。

具体的に言えば、総務省が推進しようとしている具体的な施策も、建前だけで単純に物事を進めようとすれば、メリットよりもデメリットの方が多くなってしまう可能性があるということです。例えば、具体的な施策の一つとして考えられている「SIMロックの禁止」、即ち、「ネットワークを特定する機能を持ったSIMカードを端末機に紐つけることの禁止」等は、「長期間同じネットワークを利用する見返りに、安く端末を買いたい」と考えるユーザーにとっては、極めて迷惑な「お節介」になってしまいますし、「通信事業者への割賦債務を踏み倒して、安く手に入れた端末を売り飛ばす」という犯罪を助長することにもなりかねないのです。

この様に、具体的な運用においては数々のきめ細かい配慮が必要であるにしても、「各レイヤの境界線を明確且つオープンにして、各レイヤでの自由闊達な競争を実現する」ことが望ましいことには何ら疑問の余地はありません。また、それに対する我々通信事業者の回答も既に出ていると思います。それは、各レイヤにおけるプレゼンスを自ら確立するか、或いは他の企業と密接に提携することによって、各レイヤ間のスムーズなインテグレーションを可能にし、これによってユーザー価値を最大化していく努力をしていくということです。ユーザーは多くの選択肢を保証されますが、結局は最も大きな価値を具現してくれるパッケージを選ぶことになるだろうからです。

どんな時代でも、「ユーザーにとって何が一番よいか」を常に考えていけば、国の政策も企業の戦略も誤るということはないと確信しています。

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これは去年のモバイルビジネス研究会の件で、僕も議論に参加したので覚えている。僕の意見は販売報奨金は禁止しないが、端末を買い換える余裕のない利用者の通話料... 続きを読む

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このブログ記事について

このページは、TetsuzoMatsumotoが2008年6月30日 10:18に書いたブログ記事です。

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松本徹三のプロフィール

松本徹三
1962年 伊藤忠商事株式会社入社
1984年 伊藤忠アメリカ会社上級副社長兼エレクトロニクス部長就任
伊藤忠商事(株)東京本社通信事業部長、同マルチメディア事業部長歴任
1996年 同社退職、ジャパン・リンク設立
1998年 クアルコムジャパン(株)代表取締役社長就任
2005年 同社取締役会長、クアルコム米国本社上級副社長就任
2006年 ボーダフォン(株)(現ソフトバンクモバイル)執行役副社長 技術統括兼CSO就任