
松本徹三(Tetsuzo MaTsumoto)-日本の技術競争力を高める方法
日本の技術競争力を高める方法
日本は長い間、移動体通信の技術力では世界をリードしていると思ってきたようですが、携帯端末の世界市場の占有率では、大きく遅れをとっていることが既にはっきりしました。ご承知の様に、現状では、フィンランドのノキアが断トツで、サムスン、モトローラ、ソニー・エリクソン、LGの4強がこれに続きます。この後はがたんと落ちて、中国のZTE(中興)が第6位、三洋を吸収した京セラが第7位、日本では断トツになったシャープも、老舗のパナソニックやNECも、台数の競争だけで言うなら、何社かの中国メーカーと競い合ってこの下に位置している状態です。
さすがに日本政府もカッとして、日本の携帯通信業界の特異なビジネスモデルがその原因ではないかと考え、これを改める様にやんわりと通信事業者にプレッシャーをかけたりもしましたが、私の見るところ、原因はもっと単純であるように思えます。 要するに、日本メーカー同様、或いはそれ以上にハンディキャップを持っていた筈の韓国メーカー(サムスンとLG)が、WCDMAとGSMの市場でもそれなりに健闘しているのに、日本メーカーは一社として持ちこたえられず、ほうほうの態で世界市場から撤退してきたという事実については、「経営方針(経営体制)」と「能力(特にマーケティング)」の差以外に、説明のしようがないということです。
もっとも、日本の端末メーカーに同情すべきところもあります。日本では、通信事業者が詳細なスペックまでを決め、問答無用でそれに従うように求めるところがあるからです。この中には、日本のユーザーの特異な要求に対処する為にどうしても必要なものもあるでしょうが、精査していくと、-通信事業者の担当技術者の単なる思い込みに過ぎない要求もあるようです。世界の大勢に従っておけば、規模のメリットが働いて安く上がるのに、それでは自分達の存在意義がないとばかりに、わざわざ異なった要求を出して、「これが差別化だ」と一人で悦に入っているようなケースもないとはいえません。
こうなると、日本メーカーは常に国内と海外の二正面作戦を強いられ、利益率のよい日本向けが優先されるので、海外向けは二の次になってしまいます。これでは、初めから海外市場で勝つことを先ず考え、国内市場はその支えとして利用するだけと考える韓国メーカーに、勝てるわけはありません。
しかし、よく考えて見ると、このようなことが起こっているのは、日本の通信事業者が自らの首を絞めているに等しいことです。これから事業者間の競争が激しくなれば、各事業者は、自らのコスト水準を下げる為に、自律的にこういうことは正していくと思いますから、別に国が関与するべき問題ではないと思います。
ところで、国がやろうとしていることの一つに、「SIMロックの解除」ということがあります。欧州などのGSM市場では、以前から「通信サービスを端末から切り離す仕組み」が前提になってきました。ユーザーは好きな端末を好きなところで買う一方、これを機能させるためのSIMカードというものを、別途自分の好きな通信事業者から買って、端末の中に差し込むという仕組みです。
このやり方には、国境を越えて別の国に行っても、その国の通信事業者のSIMカードを自分の携帯端末に差し込めば、そのまま使えるというメリットがあります。また、逆に、TPOで時折携帯端末を好みのものにかえても、同じSIMカードを差し込むだけで、いつもの様に電話やメールができるというメリットもあります。しかし、日本では殆どのユーザーはそんなことはしていません。
現在は、各事業者は国際ローミング協定というものを結んでいますから、別にSIMカードを変えなくても、同じ端末が世界のどこでも使えます。今日の服に合わせて携帯電話を変えるなどと言うことは、一見おしゃれに思えますが、携帯電話の中に入っている通話履歴や、過去のメール等が見えないということになると、大抵のユーザーはパニックになってしまうでしょう。つまり、GSMの世界では常識だったGSMカードの差し替えということ自体は、今やあまり意味のないことになっているということです。
それでは、何故、総務省は「SIMロックの開放」、即ち、「どんな端末にも、どんな事業者のSIMカードでも差せる」ということを実現したいのでしょうか? 恐らく、そうすれば日本の端末メーカーもノキア並になれるのではないかという思惑があったからではないでしょうか? しかし、これには大きな問題があります。
そもそもSIMカードのコンセプトは、携帯端末が電話とMail、それからせいぜいBrowser程度をサポートする時代に考えられたものですが、現在は、携帯端末が文字通りユーザーの分身となり、「いつでも、どこでも、ユーザーの為にいろいろな仕事をこなし、あらゆる便宜をはかるもの」へと進化しつつある時代です。異ったメーカーが提供する多種多様な端末が、種々の異った業者が提供する多種多様なサービスをサポート出来るようにする為には、大きく、且つ複雑なエコシステムが存在せねばならず、これをマネージすることができるのは、日本では、とりあえず、ドコモやau、ソフトバンクといったモバイルキャリアしかいないように思えてならないのです。
欧州では、通信キャリアーがSIMカードを売るだけの気楽なビジネスで毎日を過ごしているうちに、ノキアのような端末ベンダーがこのようなエコシステムをサポート出来るまでに育ちましたが、日本では、今から流れを変えるのは、現実問題として不可能ではないでしょうか。
一方、もし仮に、日本でSIMカードのアンロックが強制的になされた場合は、各通信事業者は、現在巨額の資金を投じて行っている端末の企画とマーケティング活動を、大幅に減速させざるを得なくなるでしょうから、結果として、ユーザーの便宜は、少なくとも一時的には相当大きく損なわれてしまう可能性もあります。また、現在まがりなりにも機能しているエコシステムにも、至るところで亀裂が生じて、或る程度の混乱は避けられないでしょう。
結果として、携帯端末の進化は少なくとも一時的には減速し、端末メーカー間の競争は、現在のパソコンメーカー間の競争に近いものになるでしょう。これが長期的に見てユーザーにとってよいことかどうかは、軽々には論評しかねますが、少なくとも、これによって日本メーカーの競争力が増大するようにはあまり思えません。そう考えると、国が音頭を取ってまでSIMカードのアンロックを推進することの意味についても、根本的な疑問が生じてくることは避けられません。
もう一つ、国がやろうとしていることに、国際標準化活動でのリーダーシップの強化があると思います。日中韓三国が手を握って、欧米勢に対抗しようという動きも、この流れの上にあるものでしょう。これも、期待していた3G(第三世代移動体通信システム)が、フタをあけて見ると、米国のクアルコムにいいところを押さえられてしまっていて、ドコモなどの努力が日本メーカーの競争力強化にはあまりつながらなかったことへの、反省から出ている議論だと思いますが、どうも本質をついた議論の様には思えません。
日本は、かつて、自国生まれのPDCという技術でGSMに対抗しようとして、一敗地にまみれ、これが長期間にわたる日本メーカーの世界市場での停滞の原因となりましたが、GSMの場合は、モトローラ、エリクソン、ノキアなどの欧米のメーカーが、初めから日本メーカーを仮想敵と考えて、強力なパテントプールを作ったという経緯があります。従って、GSM市場では、日本メーカーは、少なくとも欧米メーカーに対しては、ハンディキャップゲームを強いられたといえます。
しかし、3G(CDMA)の場合は、世界中のメーカーが、自らは最終製品を作らないクアルコムに、等しくロイヤリティーを支払っているわけですから、少なくとも、「これによって競争劣位がもたらされた」とは言えません。にもかかわらず、何かと言うと、日本メーカーの競争力のなさの原因として、このことが引き合いに出されるのは、少し理解に苦しむところではあります。
国際標準化のリーダーシップをとることを目標に、人材の育成などに努力しようというのは、勿論よいことです。しかし、それ以前にやることが山程あるように思えます。先ず何よりも大切なのは、全ての研究開発を、最初から「世界市場に売れるものを作ること」を目標にして行うことです。言い換えれば、自分達が日本の会社であること、自分が日本人であることは、取り敢えず忘れることです。国を愛していればいるほど、この意識から出発することがどうしても必要であることを、先ずは知るべきです。
「先ず、日本で技術を確立し、それを、国の力も借りて世界市場に売って行こう」などと考えているようでは、成功は覚束きません。標準化の過程では、多数派工作は欠かせませんが、先ずは「有無を言わせぬ技術」を持つことこそが先決であり、これがある限りは、「世界のどこにでも、自分達のパートナーとなりたい会社はある筈だ」という自信を持って、広くパートナーを世界に求めるべきです。技術の世界は地政学とは関係ありません。ビジョンと利害が一致する相手を求めるのに、特に地域にこだわる必要はないと思います。 ところで、これまでに「日の丸プロジェクト」と銘打ったプロジェクトを、私はたくさん見てきていますが、残念ながら、およそ成功例を見たことがありません。「親方日の丸」と言う言葉があるように、「日の丸」という言葉は、どうもビジネスを成功させるためには、禁句であるような気さえします。要するに、「国に頼ろうとするような姿勢では、世界に通じる技術はつくれるわけもなく、また、大義名分をふりかざして、実効性(費用対効果)を無視するようなやり方では、世界に市場を拡大出来るわけはない」ということだと思います。
「国」を「大会社」と言い換えても、このことは当てはまると思います。現在LTEなどに関連して注目を集めているOFDMという技術は、もともとベル研にいた新進気鋭の技術者集団がスピンオフして作ったFlarionという会社(2年前にクアルコムが買収)が、最も先進的な開発をしてきた経緯があり、この為、基本的なIPRの多くも、現在でも彼等が保有しているものと思われるのですが、この集団は、もうずっと以前に、わざわざ居心地のよいベル研から飛び出して、ベンチャーとしての茨の道を歩むことを決めたのです。このようなことが日本で起こることはちょっと考えにくく、私には、日本の国際的技術競争力を考える場合には、むしろこのような事実にこそ目を向けるべきではないかと、思えてならないのです。
ここまで行くと、日本の社会のあり方とか、教育のあり方まで議論せざるを得なくなり、際限もないので、もう一度現実的な施策に議論を戻すと、私が、先ず声を大にして言いたいのは、「日本の市場を出来るだけ世界市場と均質化すること」の必要性です。
これが実現できれば、日本のメーカーは、二正面作戦を強いられることもなく、ホームでの試合をアウェイでの試合と同じルールで戦って、経験を積み重ねることが出来ます。「そんなことを言ったって、ユーザーの求めるものが違うことは、変えようがないではないか」と言あれる方々も当然おられるでしょうが、それなら、「せめて、日本の市場を、わざわざ世界市場と異なったものにするようなことは、しないで欲しい」と言い換えます。これなら、ずばり国の施策に関することだからです。
要するに、やるべきことは、徹底的な市場開放です。市場の開放は、外国から言われてしぶしぶやるものではありません。自らの世界市場での競争力を高めるために、自らが進んでやるべきことです。徹底的に解放された自国マーケットで、徹底的に外国メーカーと戦って勝ちを収めていけば、世界市場での成功への道は、半分は開けたといってよいでしょう。国がこの道をふさいでしまうことがないように祈る次第です。
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