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松本徹三(Tetsuzo MaTsumoto)-4Gには抜本的な発想の転換が必要なのでは?

4Gには抜本的な発想の転換が必要なのでは?

先々回のブログで、私は現在日本で進んでいる4G議論に触れ、ドコモさんなどが当面提唱しておられる方向(即ち、4Gを現在のLTEの発展型と位置づけ、100MHz程度までの広帯域を使うことを前提に、更に飛躍的なピークデータレートの向上を狙う方向)に、やんわりと疑念を表明しました。今回は、このことについて、もう少し突っ込んだ議論をしてみたいと思います。

勿論、この時点では、このような全く新しい発想に基づく考えは、私の個人的な考えであるに過ぎず、私が現在勤務しているソフトバンクがこのような提案をする用意があるということではありませんので、その点については誤解のないようにお願いいたします。しかし、もともとこのブログを始めるにあたっては、私はソフトバンクモバイルの現役の取締役副社長という立場を極力離れ、日本の情報通信の将来を考える(憂う)一個人の立場に立つことを心がけようと考えたわけであり、その意味では、こういう議論こそ、このブログにふさわしいものではないかとも考えている次第です。

そもそも、当初携帯端末を対象とする無線通信というものが考えられた時には、家やオフィスから携帯端末を使って電話したり、Mailを送受信したりするということは考えられておりませんでした。あくまで有線コネクションのない辺鄙なところとか、走っている車の中で使うことが目的だったわけです。ところが、携帯電話の普及率が次第に上がって、端末の使い勝手がよくなってくると、ユーザーはすぐ側にもっと安く使える固定電話機があっても、それを使わずに、少し高くつく携帯電話機を使うようになりました。現実に、日本では、携帯電話による通話の実に40%程度が家で使われているという調査結果が出ています。携帯電話機を使えば、その中に入っている電話帳や通話履歴がそのまま使えるし、呼び出す相手の番号も、携帯電話のものにした方が、一度で相手をつかまえられる可能性が高いからです。これによって、ユーザーはいわば相当な無駄遣いをしているわけですが、無駄遣いといっても、電話程度ならたいした金額にはならず、それによって得られる便利さの方が価値があると考えられているのでしょう。

しかし、これが大量のデータ通信ということになればどうでしょうか? 「4Gの時代になれば、現在ADSLや光ケーブルでつながれたパソコンでインターネットを利用している人は、いつでも、どこでも、携帯端末で同じことが出来るようになる」というようなことを言う人達がいますが、勿論そのような言い方は正しくはありません。「携帯端末は、やがてパソコンと同じ感覚で使われるようになる」ということは大いにあり得ますが、それは、将来の携帯端末が、当然のこととしてWiFiを内蔵し、「有線ブロードバンドのアクセスポイントに近いところでは優先的にそれを利用する」一方、「ふんだんにある内部メモリーに、常時ブロードキャストされてくるデータクリップの中から、必要なものを自動的にキャッシングする機能を内蔵するようになるだろう」からであり、別に4Gのおかげというわけではありません。

こんなことを言うと、携帯電話事業者の将来はあまり明るくないのではないかと危惧する人達もいるかもしれませんが、そんなことはありません。私は、「携帯通信事業者が過度に防衛的になり、ユーザーの為になる代替手段を忌避するというような過ちを犯さない限りは」という条件付ではありますが、「携帯通信事業者の価値は永久に不滅である」と確信している一人です。それは、「いつでも、どこでも、どんな状況下でも、最適の通信リンクを確保するということの価値が、何者にも代えがたいものである」と私が考えている故です。だからこそ私は、4Gの目標として、「ピークデータレートを上げる」ことのみを考えるのは誤りであり、「いつでも、どこでも」という最も本質的な要求に応えることこそを最大の目標とし、その中で、「個々のユーザーの為に、出来るだけ大きなデータスループットを実現する」ことを考えるべきだと申し上げている次第です。

というのも、私は、これだけ世界的に発展している現在の携帯通信も、未だに「安定した通信リンクの確保」という最も基本的な要請に対して、必ずしも満足できる対応が出来ていないと思っているからです。電波状況にうまく対応出来なかったり、回線が一時的に輻輳したりすることによって生じる「通話の切断」は、なおも頻繁に起こっており、ユーザーの信頼を損ねていますし、建物が密集し、地下街から高層階まで人間の活動が縦方向に広がっていく大都市部では、なお「電波の届かない場所」が数多く残っています。そして、このような場所をしらみつぶしになくしていこうとすると、通信事業者には膨大なコストがかかり、このようなコストは、結局はユーザーに転嫁せざるを得なくなるのです。

更に、私が最近痛切に感じるようになったのは、現在の3Gシステムは、基本的には広々としたところを動き回っている車をイメージして最適化されており、日本の大都市にこれを対応させようとすると、解決せねばならない問題がまだたくさん残っているということです。例えば、我々が「Ogikubo Phenomena」という名のもとに、世界のシステムベンダーに認知してもらいたいと考えている問題がありますが、それはこういうことです。

「ラッシュアワーに荻窪の駅のプラットフォームで通勤電車を待っている人」をイメージしてみてください。そして、あらゆる方向から数分間隔で次々にホームに入ってくる電車、通過する電車をイメージしてみてください。その電車の中には、何百人、何千人という人たちがひしめいており、そのほぼ全員が携帯電話機を持っています。そして、この携帯電話機は、別に使うつもりもないのに、次々にこのエリアをカバーする基地局に位置登録をしてくるのです。こんな情景は日本の大都市に住んだことのある人でなければ、とても想像することは出来ないでしょう。しかし、現実にこのような状況がある為に、我々のRNC(基地局をまとめて制御している中枢設備)は、ラッシュアワーにはあアッという間にパンクしてしまいそうになりますし、単純なRNCの増設でこの問題を解決しようとすれば、お金はいくらあっても足らないということになってしまいます。

このような極端な例は、当面は日本でしか見られないのかもしれませんが、遠からず、ニューヨークやロンドンといった欧米の大都市や、ソウル、上海、香港といったアジアの大都市でも、問題になってくるでしょう。日本では電車の中での通話は厳禁とされていますが、殆どの他の国では、「こういう時間こそ携帯電話を効率的に利用すべき」という考えの方が強いので、場合によれば、問題はもっと深刻になるかもしれません。また、日本でも、データのダウンロードまでは禁止されていませんから、みんなが満員電車の中で映像などをどんどんダウンロードすることにでもなると、現在とはまた異なった問題を生じることになるかもしれません。

話がちょっと片寄った方向に行ってしまいましたので、本質的な問題に戻しましょう。私が強調したいのは、携帯通信に関連して今我々が直面している最も重要な問題は、「更なるデータの高速化」よりも、むしろ「安定した通信リンクの確保」であり、これには、抜本的に新しい技術的アプローチが必要とされるであろうということです。もし「3Gの長期的エボリューション」を意味するLTEや、その先を考える4Gが、この問題に正面から向き合わなかったら、この問題を抜本的に解決し、標準化していく場は、他のどこに求めればよいのでしょうか?

ずばり核心に触れる議論をしましょう。私が提唱したいのは、CDMAの導入以来拡大のみを考えてきた「チャンネルあたりの利用周波数の幅」を、むしろ分割し、昔の様に隣接するセルの周波数を変えることによって、セル間の干渉を避けるやり方です。但し、ハネコム(蜂の巣)状に緻密な置局設計をする必要のあった昔のシステムとは異なり、もっと多くの分割された周波数を使い、且つ、各基地局が状況に従って、自律的に自らが使用する周波数を選べるようにするようにします。(こうすれば、置局自体は何も考えずに自由にやってもよいことになり、ユーザーによる置局も可能となるでしょう。)また、端末側にもこれに対応したデバイスを組み込んで、「これまでの様に受動的にではなく、各端末が能動的に自らの使用周波数をその都度決め、電波状況が大きく変わるまでは、多少の変動は無視してこの周波数を継続的に使う」というやり方を考えたいと思います。

それでは、ここでもう一度、これまでの携帯通信の歴史を振り返ってみましょう。CDMAは、元来が音声通信を念頭においた技術であり、「基地局と端末との間の遠近関係に関係なく、常に一定の電力が使われる電力制御」を実現した画期的なシステムでした。しかし、データ通信の重要性が認識されるに従って、抜本的な変革がもたらされました。これが3GPP2 のEVDO であり、3GPP のHSPAです。データに特化され、それ故「ベストエフォートの思想」に徹したこれらのシステムでは、常に目一杯のパワーが使われ、セルの中心部とセルエッジでの「受信効率の大きな格差」を許容しました。セルエッジにいる不幸なユーザーのためには、緻密なスケジューリングやビームフォーミングの技術を駆使した救済策がとられました。

EVDO やHSPAにおいては、下り線のモジュレーションにはCDMAではなくTDMが使われていますが、それは「その方が伝送効率がよい」という単純な理由のためです。この後に来るLTEは、20MHz程度の広帯域を使うことを前提に、無数のパイロットを立てるOFDM方式を使い、MIMOを駆使してより高いデータ伝送効率を求めていますが、思想的な新規性からいえば、R99 とHSPAの違い(1x とEVDOの違い)程の飛躍はありません。

一方、携帯通信市場の飛躍的な発展がもたらそうとしているもう一つの技術の流れは、「小セル化」ではないでしょうか? 大都市部で通信需要が拡大すると、限られた周波数を繰り返し利用するために、セルの小型化は避けられませんし、現実に、新宿など過密地域では、基地局はもうこれ以上増やす余地がないほどに密集してしまっています。ここで、限られた周波数あたりの処理可能ビット数を拡大し、併せて、何よりも困難な基地局の立地問題を解決するために、「究極のピコセル」ともいえる「フェムトセル」への期待も高まってきたのは、当然の帰結ともいえるでしょう。

しかし、少しでも3Gの経験を積んだ人なら誰でも知っているように、セルの小型化、特に大きいセルの中に小さいセルを新設するというやり方は、無数のセルエッジ(セルとセルとの境界線)を作ることを意味し、3G(特にHSPA)の難敵である「セルエッジ問題」を、至るところで発生させてしまうことにつながります。従って、「フェムトセルの魅力」が本当に実現するためには、上記で述べたような抜本的な革新技術の内の少なくとも幾つかが、まず開発されている必要があると言えます。

実は、世の中には、「ソフトバンクには何やら秘密兵器があるらしく、フェムトセルがソフトバンクの将来のネットワーク戦略の要になるのではないか」という憶測が広まっています。私も、実を言うとこの憶測の被害者の一人で、何人かの人達から「ソフトバンクにはどんな秘密兵器があるの?」ときかれて困ったことがあります。しかし、もっと大きな被害者はドコモさんの技術陣ではないでしょうか? ドコモさんの技術陣は、当然のことながら、経営トップに対し「フェムトセルの将来の可能性と現在の問題点」を正確にインプットしておられる筈ですが、これに対して経営トップから「本当に何か見落しはないのか? ソフトバンクに本当に秘密兵器はないのか?」と問い詰められているかもしれません。

かつてKDDIがEVDOを発表した時には、ドコモさんは意表を突かれた筈です。当時クアルコムにいた私は、ドコモさんの技術の中枢におられた方に、当時はHDRと呼ばれていたEVDOの説明をさせて頂いたことがありますが、この方は私の話を瞬時に理解し、「成る程、我々が4Gとして考えていたことと殆ど同じですね。もう出来ちゃってたんですか」と、がっかりしたように言われていたのが、昨日のことのように思い出されます。KDDIは、このEVDO (WIN)の威力で、一足先にデータサービスにフラットレートを導入し、これを梃子に、データ通信では圧倒的な強さを誇っていたドコモの牙城を脅かす存在へとのし上がっていきました。ですから、ドコモさんには、時を経てこの悪夢がまた甦ってきたとしても、おかしくはないわけです。

こういう質問に対し、私としては、「エヘヘヘ、秘密、秘密」と言って逃げる手もないではないのですが、技術の世界では嘘やごまかしは通用しませんし、また技術者の仲間内では、いくら競争相手であってもそんなことはするべきではありません。ですから、私は、今日この場を借りて、「ソフトバンクにはそんな秘密兵器はありません」と、明確に申し上げたいと思います。それでは、何故世の中に「フェムトセルがソフトバンクの将来のネットワーク戦略の要になりそうだ」というような憶測が流れているかについては、上記でお話したような「将来システムへのビジョン」が、変形して伝わったものと理解していただくのがよいでしょう。ちょっと無理な説明かもしれませんが、そうでないと、「ソフトバンクは3Gの本質を理解していないのではないか」と、誤解されてもいけませんので...。

最後にもう一言。小セル化の技術については、かつてのNTTやウィルコムの貢献についても、ここで言及しないわけにはいきません。特にウィルコムについては、もともと小セルのシステムを前提に、難しい2GHzを使い、過密な日本の都市部でサービスを続けてこられたわけですから、ビームフォーミング(ヌルフォーミング)などの分野で相当の技術の蓄積があり、注目すべき成果も出しておられるものと思います。ウィルコムの技術陣がそのことに誇りと自信を持っておられることには、私としても何等違和感をもつものではありません。WiMAXの免許に関する議論が沸騰していたときには、私自身も「ウィルコムは2.5GHzではなく2GHzを使ったほうがよい」と強く主張したので、一部のPHSファンの方々は「ソフトバンクはウィルコムを目の敵にしている」と誤解されたかもしれませんが、別にそんなことはありません。

しかし、気になることは、このような技術論議が、ITU(3GPP)やIEEE(802.20)の場では、何等なされていないということです。そこにどんなよい技術が含まれていても、それが日本の国内標準であるに止まってしまっていては、世界市場への進出は難しく、これを手がける機器メーカーさんも、規模のメリットを享受できないので、結局コストが高止まりしてしまうと思います。先に「日本の技術の国際競争力」についての私のブログでも少し触れましたように、私としては、先ずは何事によらず、世界市場を念頭においた開発戦略を前提とすることの必要性を常に意識しているわけですから、これは当然の懸念であるとご理解頂きたいと思います。それが日本のお家芸であるような技術であればある程、私にはこの思いが強くなります。

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コメント(1)

Middy2 :

携帯電話機を使えば、その中に入っている電話帳や通話履歴がそのまま使えるし、呼び出す相手の番号も、携帯電話のものにした方が、一度で相手をつかまえられる可能性が高いからです

過去の話になりますが、家庭用コードレス電話が屋外でも使えるという謳い文句であったPHSがFMCの(たぶん)走りであり、これが、(確か)BBフォンが実現した一般電話番号にかけても相手がBBフォン加入者であればIP電話で接続する、といった形で、単一の番号で有線・無線を使い分ける仕掛けがPHSでも実現できていれば、もっとPHSも脚光を浴びていたかもしれません。

個人的には、KDDIの旧メタルプラスネットADSLで無線LAN(無線LANカード使用)+モバイル用にauの定額対応データカードを所有・契約していますが、松本さんが仰るように、これら通信カードが1枚になり安価で利用できれば利用者としても便利になると感じますし、通信事業者も通信チャネルの最適化的(?)に一歩近づくのではないかと思います。

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このページは、TetsuzoMatsumotoが2008年5月 9日 23:37に書いたブログ記事です。

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松本徹三のプロフィール

松本徹三
1962年 伊藤忠商事株式会社入社
1984年 伊藤忠アメリカ会社上級副社長兼エレクトロニクス部長就任
伊藤忠商事(株)東京本社通信事業部長、同マルチメディア事業部長歴任
1996年 同社退職、ジャパン・リンク設立
1998年 クアルコムジャパン(株)代表取締役社長就任
2005年 同社取締役会長、クアルコム米国本社上級副社長就任
2006年 ボーダフォン(株)(現ソフトバンクモバイル)執行役副社長 技術統括兼CSO就任