
松本徹三(Tetsuzo MaTsumoto)-NGNに隠されているかもしれない「罠」
NGNに隠されているかもしれない「罠」
他社に先駆けて自社の基幹ネットワークを新時代に即するものに変え、よりよいサービスをユーザーに提供していこうとしているNTTの努力は、高く評価されるべきですし、これにイチャモンをつける気は全くありません。しかしながら、ここに隠されているかもしれない「罠」にも、我々としては警戒を怠らないわけにはいかないのも、また悲しい現実なのです。
何故かといえば、既に何人かの方が指摘しているように、「NTTはNGNを口実にして、再びかつての巨大独占体制の復活を目論んでいるのではないか」という疑念が、どうしても消えないのからです。勿論、NTT側の言い分にもそれなりの理はあります。ユーザーにとっては、サービスはシームレスであってほしいでしょうし、1社と契約すれば、全てに責任を持って貰えるのがよいでしょう。有線サービスか無線サービスかで分けられたり、地域によって分けられたりするのは迷惑です。しかし、それは、あくまで、「契約する以前に多様な選択肢があること」を前提としての話です。
かつては、世界中で、通信事業はほぼ独占、ないしは寡占でした。しかしながら、「競争のないところでは、ユーザーのコストは高止まりし、技術革新も、サービスの向上も起こらない」というのは常識ですから、世界中で通信事業に競争環境を導入するための施策がとられ、巨大な通信事業者は分割されたり、非対称規制をかけられたりしました。この流れの中で、NTTも分割されました。
ここで重要なことは、日本では、NTT自身は最後まで「分割」に反対し、「一応の分割」はなされたものの、「持ち株会社」というものが新たに作られ、これを中心に、実質的な「グループ一体経営」が、厳然として存続しているということです。旧NTTの経営陣は、もともと、「分割はプラスよりマイナスの方が多い」と考え、そのように主張してきたのですから、そのDNAを受け継ぐ現在のNTTグループ各社の経営陣も、恐らく同じ考えではなかろうかと推測されます。もしそうであるなら、今後とも、事あるごとに「NTT再統合」への方策が練られ、いろいろな口実でこの実現がはかられることになるでしょう。NGNがその口実の一つになる可能性も、十分ありうると考えなければなりません。
NTTの最大の問題は労働問題です。「NTTグループの徹底的な合理化によって得られる経済効果」というものは、なかなか算出が難しいのに対し、「雇用の確保」は単純明快な数字の話だからです。政治家の先生方にとっては、NTTは巨大な集票マシンでもあり、地方の有力者との関係においても、無視できぬ存在です。「改革」の最大の目的は、自由な競争を通じて、「低コスト化」と「新サービス」を同時に生み出していくことにあるのであり、これが、回り回って「雇用の拡大」にもつながっていくわけですが、「目先の雇用を固定化させたい」と考える勢力は常に存在し、これが「改革」の前に立ち塞がります。
今、たまたま私の手元にある資料は、少し古いものなので申し訳ありませんが、1984年に民営化された時点で31.4万人いたNTTの従業員は、2005年の時点ではグループ全体で19.9万人まで減少しています。即ち約2/3弱になったわけです。しかし、19万人という数字は、なおも、「あまりに巨大な数字」であると言わざるを得ません。
「何が必要で、何が不必要か」とか、「適正人員は何人か」などという問題は、机上で議論しても答の出るものではありません。自由な競争を通じて、「市場」が答を出していくものです。従って、政治家も官僚も、先ずは「自由で公正な競争環境の確立」にこそ、全ての力を傾注すべきあり、これを差しおいて、拙速に何らかの結論をだそうとするなら、それは「何らかの政治的思惑」によるものであろうと疑われても、仕方がないと思います。
それでは、現実問題として、「公正な競争環境」はどうすれば確立できるかといえば、これはなかなか難しい問題です。普通の産業なら、「とにかく規制を撤廃し、全て自由にやらせればよい」ということで済むかもしれないのですが、従来は国の独占事業であった通信事業の分野では、それだけでは、新規事業者は育ちません。結果として、やがては元の独占体制へと、全てが回帰していってしまうことになります。どうしても、「行政と司法が介入」し、「非対称規制」を行ったり、「独禁法の適用」をより厳密に行ったりする必要があるのです。
通信事業のもう一つの特徴として、「建設不動産業」の側面があるということも、ここで指摘しておきたいと思います。通信サービスを行うための伝送路を確保するためには、銅線や光ファイバーを施設するための「管路」や「電柱」、電波を送受信するアンテナを設置するための「鉄塔」などが必要になるからです。NTTや電力会社は、明治以来、国策会社としてこれらを確保してきましたが、新規参入者が今から同じことをやろうとしても、これは実質的に不可能に近いのが現実です。
一方、求められている「競争」は、何度も道路を掘り返して、同じところに光ファイバーを何本も埋め込んだり、同じ場所に鉄塔を何本も建てたりすることでは、決してないはずです。国民が求めているのは、「価格競争」と「サービス競争」であり、それを可能にする「経営合理化と技術革新の競争」である筈です。
さて、「NGNの価値を最大限に引き出すためには、NTTグループの各社のサービスが有機的に結合される必要がある」という議論があるとすれば、それには真摯に耳を傾けるべきであるとは、私も思います。しかし、「NGNになれば、太束でなければ光ファイバーの貸出しは出来なくなりますから、ADSLの時のような競争環境はつくれませんよ」と言われると、「ちょっと待ってください」と言わざるを得ません。「我々は明治時代から百年以上かけて、電柱に登り、地面を掘り返して、管路を確保してきたのです。新規事業者も、光ファイバーを使いたいのなら、同じことを今からやってもらうしかありません」と言われても困るし、「開業当初から一定以上の数の顧客を確保できないような会社は、競争に参画する資格はありません」と言われても困るのです。
今から十年前、ADSLという技術が諸外国で注目を集めだした頃、NTTはこれには極めて冷ややかでした。これには勿論相応の理由があり、「どうせ将来は光ファイバーになるのだから、中間的な技術に投資するのは意味がない」という考えだったと思います。しかし、昔のNTTであれば、「そのうちに我々が光ファイバーを使った高速データサービスを提供してあげるから、まあ、それまでの十年ぐらいは、ダイアルアップのISDNサービス程度でお茶を濁して、待っていなさい」と言えば、それで済んだのかもしれませんが、既に時代が変わっていました。新規事業者が次々に手を上げ、NTT自身も、「嫌いだからやらない」とだけ言っているわけにも、いかなくなりました。
その中でも、ソフトバンクは超積極的で、いきなり破格のサービス料金を打ち出し、しかも、全国のいたるところで、赤いペーパーバッグに入れたADSLモデムを無償で配りだしたのです。この状況下で、当初は呆然としているしかなかった競合他社も、結局は追随せざるを得ず、結果として、日本のブロードバンド料金の安さは、一気に断トツの世界第一位となりました。(ソフトバンクの1Mbps当りの料金は、フランスの1/4以下、米国の1/20以下です。)それだけでなく、ソフトバンクは、データ伝送スピードの思い切った高速化も計り、結果として、スピードでも断トツの世界第一位となりました。(ソフトバンクが達成している下りの通信速度47Mbpsは、フランスの事業者の2.6倍、米国の平均的な事業者の15倍以上です。)
当初こそ、その型破りのやり方に、「業界の秩序を破壊し、全ての事業を破綻させるものだ」という批判も多かったのですが、時が経つにつれて、「ソフトバンクおかげで、日本のブロードバンドは、世界一のユーザー満足度を達成出来、日本のインターネット利用は、一気に世界水準に達した」と、その功績を認める声の方が大きくなりました。(その功績は、勿論ソフトバンクだけに帰するものではなく、それを可能にする競争環境を整備した行政当局のものであるとも言えますが...。)しかし、このような結果は、ユーザーからは評価されても、NTTの社内では、どうも「最悪のケース」と見られているようです。現実に、NTTの社内では、「済んだことは仕方がないが、光ファイバーでは、絶対にこの『失敗』を繰り返してはならない」というのが、合言葉になっているとも聞いています。
つまり、「NTTの『失敗』が、国としての『成功』をもたらせたという、皮肉な現実がここにあるのです。
先のブログでも書いた通り、NGNという言葉は、むしろ普通名詞に近い語感を持った言葉で、その本質は、「多様なサービスを安価に提供する為の、新時代の『制御された』IPネットワーク」です。今回、NTTが世界に先駆けてこの「統合サービス」を開始しましたが、KDDIやソフトバンクも、やがて同様のサービスを行うことになるのは、当然のことです。しかし、ここに、一つの大きな問題が残っています。NTTのNGNは、現状では「光ファイバーと一体不可分」になっている為、「NTT並みの不動産能力を持たない」他の事業者と、競争上大きな差がついてしまうということです。即ち、NTTのNGN自体が、「公正競争の枠外」に出てしまうという可能性があるのです。
如何によく工夫されたシステムであっても、公正競争を実現できないシステムでは、国民にとって「真によいシステム」とは言えなくなってしまいます。競合する立場にある事業者からは、既にいろいろな問題提起がなされており、今後とも議論は白熱していくと思いますが、本来の姿は、NTT自身が「公正競争の必要性」を自ら認識し、自らのイニシアチブで、「公正競争を実現できるシステム作り」に邁進して頂くことではないかと思います。
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ソフトバンクが怖いんでしょうね。。。
NTTがADSLは光までの中継ぎだと判断することはもっともだったと思います。回線距離でリンク速度が変わってしまうことは全国画一サービスを基本とするNTTには合わないと判断されたのかもしれませんね。
ADSLのリンク速度は5割越えを経験したことがないので、速度に応じた料金体系になっても良かったんじゃないかと思ったりしました。これこそユーザーに余り関係の無いスペック競争だったのではないのでしょうか。
松本さんこんにちわ。
次はLTEとUMBについて論じていただければ幸いです。ソフトバンクはUMBには興味なしですか?無いでしょうけど。通信技術は一本化されたほうが良いとお考えですか?それともCDMA、WCDMAのように異なる技術が切磋琢磨したほうが良いとお考えですか?UMBは生き残れますか?